イメージ
週末に、チャリティー番組を見た。
思えば、あまりテレビを見ない環境で育ったことと、そもそもこの番組になんとなく違和感を感じていたため、ちゃんと見たことがなかった。
しかし、実際に見ると感動して泣いて、なんとなく前向きな気持ちになれた。
次の日、同じ時間帯で「障がい者=感動」のイメージを売り物にするな、という番組があったことを知る。
youtubeで見たら、衝撃を覚えた。
あのチャリティー番組には
過去の栄光→悲劇→周りの支え→努力→前向きに生きていく
というパターンがあり、
障がい者は「努力の人」といったイメージが、自分の心の中に植えつけられていた。これは、番組により作られた障がい者像だったと気づいた。
そして、「健常者が自分より大変な人を見て『自分はマシだ』と思える番組」ではないかと言われると、前から持っていた違和感の正体は、これだった。
番組を見て感動し、前向きになった自分の心に、障がい者を見下した気持ちがあった。(みんながみんな、そうではないと思うが)
少し悲しかったけれども、とても理解できた。
そういう風な「イメージ」を、メディアから植えつけられていた。
これは「障がい者」だけではないと思う。
「こども」「女性」「男性」
「若者」「高齢者」「外国人」
人を表す表現には、なにかしらの「イメージ」が、植えつけられているのではないだろうか。
そう考えると、自分が今まで持っていた常識ってやつは、誰かに都合よく作られたものなのかもしれない。